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―にとべさん―

 

読書メモ

森内俊雄『道の向こうの道』(新潮社)を読んで気になったところをメモしておく。


43〜44ページ

 五月になった。わたしは「車」という詩の同人誌を創刊した。巻頭詩として、大阪YMCAの「詩のクラブ」で知遇を得た詩人港野喜代子の作品を掲載した。その詩は、この詩人の集大成である編集工房ノア刊『港野喜代子選集』からも洩れている。ここに再録しておこう。せめてもの恩返しである。


   結晶

私のこころに
あなたのこころに
太古の生きものの残した証拠がある

幾百万年 幾億年
耐えて来たのは人間だけではない

わずかな生涯を コップの中の
泡くずに浸っていたのでは
洪積世直前の氷河の動きはききとれない

常に大地の胸かき破って つかみだした
濁ったものをも順々に並べてみよう

煙色の水晶だってあるんだ
氷河の来る前に
人間の わびしい言葉を うんと集めて置こう

               (若人に おくる 一つ)


149ページ

 大阪へ帰った翌日、心斎橋北詰にある駸々堂へ行った。年の暮の気配は書店のなかへも立ち込めていたが、それでかえって新刊本の並びが楽しかった。ここには読書の沃野があった。それから道頓堀まで歩いて天牛書店へ行った。
 ここで不思議な古書を見つけた。直木三十五大阪物語』がのどかな函カバーにくるまれて、均一価格の平台にあった。本を手に取って、一冊を引き出すと、装幀は矢野橋村とあって、呉服模様を思わせる典雅なくるみのカバーがかかっている。手がこんでいて、外函、本表紙ともに装画のカバーでくるまれている。それを剥ぐと丸背の表紙は水色の布クロスで、そこに樹幹に取り付いた蝉が金箔押しで描かれていた。風流な侍が身をやつして花柳街を散策しているところを連想した。一目で気に入ったものの、カバーをはずした本体は、昭和九年七月に刊行された改造社直木三十五全集の第六巻である。本文は二段組みの総ルビだった。なんだかよく分からないが、安価なことと読んでみたくもあるので、買うことにした。お金を支払っていると、店主らしい人が微笑しながら言った。「学生はん、見つけものや、古本のおもろいところでんな」


道の向こうの道

道の向こうの道